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独日文芸翻訳クラブ通信 RSSフィード

2007-09-17

『治療島』

| 01:17

[書名] 治療島

[原題] Die Therapie

[著者名] セバスチャン・フィツェック(Sebastian Fitzek)

[訳者名] 赤根洋子

[ページ数] 368ページ

[発行年月日] 2007.06.21

[出版社] 柏書房

[ISBN] 4760131671

[価格] 1575円(税込み)

[分類] ミステリー

 



 12歳の少女ヨゼフィーネ(ヨーズィ)が姿を消した。父親で著名な精神科医であるヴィクトル・ラーレンツ博士は、診療所を人に譲って必死に愛娘を捜すが、行方も手がかりも全くつかめなかった。

 4年後。妻のイザベルは、悲しみを紛らわすかのように仕事に打ち込んでいる。一方ヴィクトルは、気持ちの整理をつけるため、北海に浮かぶ小さなパルクム島に引きこもった。ある日、アンナ・シュピーゲルと名乗る女性が彼のもとへやってくる。統合失調症の治療を求めてのことだった。診療行為から手を引いていたヴィクトルは断るが、アンナの見る幻覚がヨーズィの失踪と奇妙に符号することを知り、彼女の話にのめり込んでいく。

 ドイツで2006年7月に発表された本書は、瞬く間に人気をさらってベストセラーとなったサイコスリラーである。映画化も決定し、2008年初頭にも撮影開始の予定となっている。

 本書は章分けが細かく、また、章が改まるたびに状況が変わり、新たな情報が次々とつけ加えられていく。さらに、視点が主人公のものにほとんど固定されており、他の登場人物の心情は推し量るしかない。そのため、読者は相次ぐどんでん返しに主人公とともに翻弄されてしまう。それが、ドイツのミステリ書評サイトKrimi-Couchで第一級のジェットコースターと評されたゆえんであろう。展開はめまぐるしいが、わかりやすいので、サイコスリラー初心者の方にもお勧めしたい。

 著者セバスチャン・フィツェック(1971- )は、大学で法律を学び、著作権法の論文により博士号を取得した後、ラジオ・テレビ局ディレクター及び放送作家として活躍。そのかたわら執筆した本書で衝撃的なデビューを果たした新進気鋭の小説家である。ほかに"Amokspiel""Das Kind"の2作を今日までに発表している。

 

(春眠)

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2007-03-11

『死体絵画』

| 01:29

[書名] 死体絵画

[原題] Die ungeschminkte Wahrheit

[著者名] アストリッド・パプロッタ (Astrid Paprotta)

[訳者名] 小津薫

[ページ数] 596ページ

[発行年月日] 2006.03.15

[出版社] 講談社

[ISBN] 4-06-275349-9

[価格] 900円(税込み)

[分類] ミステリー

 


 蒸し暑い夏のある日、広大な東公園の一角でホームレスの他殺体が発見された。それを皮切りに、同じ公園内で次々と人が殺されていく。彼らは一様にどぎつい化粧を施されていたが、身元を示すものは持っていなかった。被害者の特定もままならず捜査が難航する中、フランクフルト警察本部の警部イナ・ヘンケルは、彼らの一部とある人気キャスターを結びつける接点に気づく。犯罪報道番組の蠱惑的な女性キャスターが、この奇怪な事件とかかわっているというのだろうか?

 主人公のイナ・ヘンケルは、有能だが感じやすすぎる、ロックを大音量で聴くのが好きな独身女性だ。その上司の警視ラルフ・シュトッカーは、冷静沈着で誰に対しても慇懃に振る舞う、文学とクラシック音楽に通じた2児の父である。本書は、このコンビが事件に挑むシリーズの3作目に当たる。600ページ近い大作だが、読み進めるうちにあれもこれも伏線だったかと気づかされる、油断のならないみっちりとしたつくりだ。少々懇切丁寧すぎる「主な登場人物」を読むのを後回しにすれば、それをよりよく味わえるだろう。

 著者アストリッド・パプロッタはノルトライン・ヴェストファーレン州生まれ。大学で学んだ心理学関係の諸機関に勤務した後、ジャーナリストに転身。1997年発表の長編"Der Mond fing an zu tanzen"で小説家としてデビューし、現在、彼女の作品はドイツで最も知的なミステリである(Die Welt紙)と高く評価されている。なお、本書の原作"Die ungeschminkte Wahrheit"は2005年ドイツ・ミステリ大賞を、またシリーズ4作目の"Die Hoehle der Loewin"は2006年フリードリヒ・グラウザー賞をそれぞれ受賞した。


 

(春眠)

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2006-09-12

"Koenigsblau. Mord nach jeder Fasson"

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[原題] Koenigsblau. Mord nach jeder Fasson

[仮題] プロイセン宮廷の殺人(未訳)

[著者名] トム・ヴォルフ (Tom Wolf)

[ページ数] 267ページ

[発行年月日] 2001.10

[出版社] Berlin.krimi.Verlag

[ISBN] 3-89809-009-4

[価格] 9.90Euro

[分類] ミステリー

 


 1740年秋。オノレ・ラグスティエは、17歳の娘マリーとともにフランスでレストランを経営していたが、お忍びでやってきたプロイセン王フリードリヒ2世から直々に宮廷副料理長に任命される。意気揚々とベルリンに到着したラグスティエに謁見を許した王は、彼の才気を高く買い、意外な命令を下す。先ごろ軍の副官が謎の死を遂げたのだが、その捜査に協力せよというのだ。しかし、いかに学問好きで教養高くとも、事件の捜査にかかわったことなどない。さらに、ラグスティエが協力すべき相手である警視総監ジョルダンも、ついこの間まで図書館司書だったというずぶの素人なのだ! そして、手探りの捜査を始めたにわか探偵2人のもとに、第2の殺人の知らせがもたらされる。


 主人公ラグスティエを迎えたフリードリヒ2世は、軍人王と呼ばれた亡き父王とは対照的に、学問と芸術を愛し、拷問や検閲の廃止、宗教寛容令制定などの啓蒙主義的改革を行った君主である。本書のサブタイトル"Mord nach jeder Fasson"は、そんな王の"Ein jeder soll nach seiner Fasson selig werden.(すべての国民がそれぞれの流儀で幸福になることを望む)"という言葉をもじったものと思われる。さて、誰がどのような流儀で殺人を犯していくのだろうか。そして、そこまでして欲した幸福は得られるのだろうか。

 本書は、現在第7作まで刊行されているプロイセンミステリ・シリーズの第1作である。フリードリヒ2世を初めとして、哲学者ヴォルテールや数学者オイラーなど実在した人物を登場させ、彼らにまつわるエピソードをさりげなくちりばめる手法が歴史好きな読者の心をつかみ、好評を博している。また、宮廷生活や街の様子が事細かに描かれているところは、タイムトラベルのガイドブックといった趣だ。著者は2005年にベルリン・ミステリ賞(Krimifuchs)を授与されているが、その選考理由が「徹底した調査と説得力ある人物造形、わくわくさせる緊張感」であるのは大いに納得できる。なお、本書について、現在アマゾンの日本サイトで入手できるのはユーズド商品のみのようである。

 著者トム・ヴォルフ(1940- )は、ドイツ文学、哲学、芸術をマインツやバンベルクなどの大学で学んだ後、出版社勤務を経て小説家としてデビュー。メーリケやゲーテなどに関する学術書も多数発表している。

 

(春眠)

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2006-07-22

『最後の審判の巨匠』

| 03:54

[書名] 最後の審判の巨匠

[原題] Der Meister des Juengsten Tages

[著者名] レオ・ペルッツ (Leo Perutz)

[訳者名] 垂野創一郎

[ページ数] 285ページ

[発行年月日] 2005.03.30

[出版社] 晶文社

[ISBN] 4-7949-2745-2

[価格] 2100円(税込み)

[分類] ミステリー

 


 1909年、ウィーン。友人に誘われてビショーフ邸を訪れたヨッシュ男爵は、当主のオイゲンから1人の若い海軍士官とその弟の謎めいた死にまつわる話を聞く。そして、この話を語り終えて間もなく、オイゲン自身も命を絶ってしまう。3人の死は自殺によるもののように見えるが、いずれも動機がはっきりしない。彼らは本当に自殺したのだろうか? それぞれの死に関連はあるのか? オイゲンが死に際に残した「最後の審判」という言葉の意味は? ヨッシュ男爵は、オイゲンの妻に横恋慕して彼を死に追いやったと疑われ、混乱する頭を抱えながら真相を探っていく。


 この物語は、ヨッシュ男爵が書き上げた手記を前に思索にふける第1章、その手記の内容である第2章以下、そして最終章の「編集による後記」から成る。オイゲンの死をめぐる事件について、嘘も省略もなく一部始終を記したという手記には、ヨッシュ男爵の驚きや困惑、さらには白昼夢も細やかにつづられている。彼の心の動きを通して浮かび上がる人の精神活動のありようは、事件の「真相」に説得力を与える。ここで大きくうなずいた後、最終章で提示される「事実」をどのように受けとめるか――それはもちろん読者次第だが、判断するに当たっては、訳者による巻末の「ペルッツ問答」が大いに役立つだろう。本編とともに味わっていただきたい。


 著者レオ・ペルッツ(1882-1957)は、プラハ生まれのユダヤ系オーストリア作家。保険会社勤務のかたわら執筆活動を始め、2度の世界大戦を挟んで数々の小説を発表し、全欧的な人気作家となる。また、その幻想的な作風は南米でも高く評価された。近年、ヨーロッパでは、単なる娯楽小説家ではなく、研究に値する文学性を有した作家として再評価が進んでいる。現在、入手可能な邦訳作品は『独逸怪奇小説集成』収載の「月は笑う」、『レオナルドのユダ』だが、本書巻末の「ペルッツ問答」で紹介されている他作品のあらすじと見どころを読めば、翻訳が進むことを願いたくなるだろう。

 

(春眠)

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2006-07-19

『ゼルプの裁き』

| 04:07

[書名] ゼルプの裁き

[原題] Selbs Justiz

[著者名] ベルンハルト・シュリンク (Bernhard Schlink)/ヴァルター・ポップ(Walter Popp)

[ページ数] 347ページ

[発行年月日] 1987.09.01

[出版社] Diogenes Verlag

[ISBN] 3-257-21543-6

[価格] 1156円 (税込)

[分類] ミステリー

 



 ゲーアハルト・ゼルプは68歳になる私立探偵。ある日、昔からの友人で、亡くなった妻の兄でもあるコルテンから依頼が舞い込む。コルテンはゼルプと共に法律を学んだが、戦後はある巨大化学企業のトップにのぼりつめていた。コルテンの依頼とは、会社のコンピューターに侵入したハッカーが誰かを突き止めて欲しいというものだった。ゼルプは調査に乗り出し、やがて犯人を挙げるが、その犯人が偽装された自動車事故で殺される。その真相を追ううちに、物語はゼルプとコルテンの第三帝国時代の過去も巻き込んだ意外な方向へ転がり出す。殺人事件の犯人は。動機は。コルテンとゼルプの過去には、ゼルプの知らない何かが隠されているのか。その真相にたどり着いたとき、ゼルプが下す決断は……。

 本作は、現役探偵としては高齢のゼルプが、コンピューター犯罪、化学工場の環境問題という80年代後半の新しいテーマに取り組むというアンバランスな設定から始まる。しかし、調査が進むにつれて、ナチス政権下で検事を務めていたゼルプの過去を巡る葛藤と謎が、物語の真の中心テーマとしてしだいに立ち上がってくる。ゼルプは当時のある事件で自分が果たした役割に疑問を抱き、自分自身の暗い過去に対峙せざるを得なくなる。ここに本作のドイツの推理小説としての厚みと骨太さがある。旧友コルテンに対するゼルプの複雑な感情が全体を貫く1本の線になり、最後のページまで物語の緊張が保たれている。


 登場人物の魅力も本作の楽しみの1つだろう。主人公ゼルプは1人暮らしも板についていて、年齢相応の落ち着きもあるが、意外に思いきった行動に出たりもする。そんなゼルプの生活を個性的な仲間たちが彩る。行き付けのレストランの愉快なイタリア人ウェイター、そのレストランで知り合った女性ブリギッテ、好色だが友情にあつい外科医のフィリップを始めとする友人たちなど、ゼルプをめぐる人間関係が、味わい深くあたたかく描かれる。ゼルプの彼らとのやりとりや彼らへの想いが、率直かつ人間味溢れる口調で語られ、物語に奥行きを与えている。


 著者ベルンハルト・シュリンク (Bernhard Schlink)とヴァルター・ポップ(Walter Popp)は法学者の同僚で、本書は大学の夏期休暇中に書き上げられた。2作目執筆からはポップと意見があわず、シュリンク1人の筆で全3作のシリーズとなった。3作とも邦訳もすでに紹介されている。(本作の邦訳版は岩淵達治他訳『ゼルプの裁き』。ただしこの書評は原著による)なおこのシリーズは今後この読書案内で順次紹介して行くので、御期待いただきたい。


 シュリンク(1944〜)はベルリン・フンボルト大学の法学教授であり、州立憲法裁判所の裁判官を務めている。作家としては本作をスタートに、まず推理小説家としての地位を確立した。1997年にそれまでのジャンルを脱した "Der Vorleser" を発表すると、この作品はその年の「文壇最大のサプライズ」と瞬く間に評判になり、今では邦訳『朗読者』をはじめ、35カ国語に翻訳されて世界的なベストセラーとなっている。

  

(Dotta)

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