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独日文芸翻訳クラブ通信 RSSフィード

2011-06-12

『名声』

| 10:16

[原題] Ruhm ――Ein Roman in neun Geschichten――

[著者名] ダニエル・ケールマン (Daniel Kehlmann)

[訳者名] 瀬川裕司

[ページ数] 236ページ

[発行年月日] 2010.12.25

[出版社] 三修社

[ISBN] 4384055455

[価格] 1,900円(税込)

[分類] 文芸一般

 


 エプリングが家族や同僚の圧力に負けて渋々買ったケータイに、毎日いろいろな人から「ラルフ」あての電話がかかってくる。自分はラルフではないと告げても、相手はそれを信用せず、構わず何度もかけてくる。ケータイのカスタマーサービスに問い合わせてもらちが明かない。いらいらを募らせたエプリングは、やがてラルフとして受け答えをするようになる。

 当読書案内でもご紹介した『世界の測量』で世界的ベストセラー作家となったダニエル・ケールマンが、意欲的なスタイルの作品に挑んだ。第1章「声」(上記あらすじ)で始まる本書は、9つの物語から成る短編集のように見えるが、実はそれぞれが緩やかなつながりを持つ長編小説なのである。もちろん、主人公がいて、その人物をめぐるさまざまなエピソードを紡いで1つの大きな流れをつくるという短編連作集はこれまでにもある。しかし本書は、いわば本編を持たないスピンオフ作品の集まりとでも呼ぶべきものだ。つまり、登場人物や出来事が少しずつ重なりはするものの基本的には独立した物語群が、携帯電話やパソコンといったツールを媒体として、コミュニケーションにまつわる1つの世界観をつくり上げているのである。

 また、本書の見どころの1つに現実と虚構のねじれがある。この作品にはレオ・リヒターという作家が登場するが、彼は自分が創作した作中人物であるロザリーやララ・ガスパールと奇妙な形で錯綜する。レオ・リヒターとその恋人は現実なのか、虚構なのか。本書は映画化され、2011年秋にはドイツなどで公開される予定であるが、このねじれがどのような映像になるのか、非常に興味深い。日本での公開が期待される。

 著者ダニエル・ケールマンは、1975年ミュンヘン生まれ、ウィーン在住。1997年に文壇デビューして以来、ドイツ語圏で注目を集めていたが、2005年発表の"Die Vermessung der Welt"(『世界の測量』2008年、三修社)が40カ国以上で翻訳出版され、世界的にも成功をおさめた。クライスト賞、トーマス・マン賞初め数々の賞を授与され、本書の原作"Ruhm"も発表後わずか1週間でシュピーゲル誌及びフォークス誌の売り上げランキング1位に躍り出るなど、今最も新作が待たれる作家の1人である。



 

(春眠)

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2008-09-28

『世界の測量』

| 20:51

[原題] Die Vermessung der Welt

[著者名] ダニエル・ケールマン (Daniel Kehlmann)

[訳者名] 瀬川裕司

[ページ数] 336ページ

[発行年月日] 2008.05.20

[出版社] 三修社

[ISBN] 4384041071

[価格] 1995円(税込み)

[分類] 文芸一般

 


 アレクサンダー・フォン・フンボルト。大学で財政学を学び始めるが、方向転換して鉱山アカデミーへ。午前中の6時間を地中での調査に当て、午後は講義を聞き、夜は予習に励む。切り取ったカエルの脚に電気を流したら筋肉が動いたという実験を知ると、カエルではなく自分の身体を使ってその謎を解明しようとする。南米への探検旅行に出ると、どんな奥地にも行きたがり、どんなものでも見たがり、行く先々で気圧を測り、現在地の高度を知るために水の沸点を測り、現地女性の頭に巣くうシラミの数を調べる。同行者のボンプランがいかに困り果て、いかに疲れ果てようと、フンボルトの行動はとまらない。

 カール・フリードリヒ・ガウス。小学生のときに、1から100までの整数をすべて足し算せよという課題を出され、独自の方法を編み出してたった3分間で正解を導き出す。長じてから本格的に数学に取り組むと、整数の性質について考え抜き、惑星の軌道計算に没頭して、戦争が起こったことにも気づかない。周囲の人間の愚かさにいつも腹を立てているが、とりわけ息子のオイゲンに対する態度は辛辣きわまりない。

 動と静。異なるスタイルで世界を測量してきた彼らが、ドイツ自然科学者会議を機に顔を合わせる。行かずに済む方法はないものかと出発直前までぐずっていたガウスと、彼に何度も手紙を書いて会議への参加を促したフンボルト。周囲を顧みない2人の天才の軌跡が、今交わる。

 本書は、2005年に発表された"Die Vermessung der Welt"の翻訳である。ドイツのベストセラーリストに130週間以上も掲載され続け、そのうちの35週間はトップの座を占めていたという。著者は2人の実在した人物を主人公に据え、破天荒な天才が周囲を巻き込む騒動を描くが、単なるどたばた劇にとどまらない。警官とガウスとのやりとり等ちょっとした場面から時代考証の綿密さがうかがわれ、それをおもしろおかしく描写する筆力に感心させられる。会話はすべて間接話法で表現されているが、そのことが乾いた印象をもたらし、どんなにどたばたしても鬱陶しさを感じさせない。理系の知識はなくても楽しめるので、とにかく手にしてみてほしい。


 

(春眠)

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2006-11-30

『ふちなし帽』

| 20:43

[原題] Die Muetze

[著者名] トーマス・ベルンハルト(Thomas Bernhard)

[訳者名] 西川 賢一

[ページ数] 215ページ

[発行年月日] 2005.08.10

[出版社] 柏書房

[ISBN] 4-7601-2732-1

[価格] 2,940円(税込)

[分類] 文芸一般

 


 ベルンハルトは世界的に高い評価を受けているにもかかわらず、日本での知名度はあまり高いといえなかった。80年代から何点か邦訳は出ていたものの絶版が相次ぎ、一般書店で入手可能な訳書は代表作『消去(上)(下)』のみとなっていた。そこへ新たに、ベルンハルトの入門書ともいえる本書が加わった。本書は、短篇集 "Prosa." と "An der Baumgrenze." を完訳し、さらにいくつかの作品を加えて編まれた短篇集である。巻末には、邦訳された全作品のリストが載っている。

 表題作「ふちなし帽」は全体が改行なしで書かれた作品だ。主人公「私」は自殺したいほど行きづまっているのにそれもできず、とにかく日暮れになると、当てもないのにひたすら表通りを徘徊する。そんな折、道端でグレーのふちなし帽を拾ってしまう。「私」はしかたなくその帽子を頭にかぶり、持ち主を探し回る。なぜ自分がその帽子に「支配」されているのかわからないままに。

 ほかに、子供向けに書かれた「ヴィクトル・ハルプナル 冬のメルヘン」や、刑務所生活のなかで小説のようなものを書き続ける男の話「クルテラー」など、11篇が収められている。どの作品も暗い調子で、人生への絶望や自殺が描かれているものが多い。しかし、そんなふうに人生に翻弄される人間は、傍から見ればこっけいなものなのかもしれない。「喜劇? 悲劇?」という作品の中には、「この世はまるごと監獄です。そして今晩、うけあって言いますが、あすこの劇場で演じられているのは、あなたが信じようと信じまいと、喜劇です」というセリフが出てくる。この言葉がベルンハルト作品の本質を言い当てているのではないだろうか。

 ベルンハルト(1931~89)はオランダのヘールレンで生まれウィーンで育ち、主にオーストリアで執筆活動をした。その作品には短篇や長篇、戯曲などがあり、1970年にはゲオルク・ビューヒナー賞を受賞している。改行の少ない特異な文体と、カフカやベケットに通じる不条理な雰囲気を特徴とし、W. G. ゼーバルトの作風にも影響を与えた。難解で陰鬱なイメージがつきまとうが、文学的に重要な位置にある作家として、今後さらなる邦訳や過去の訳書の復刊が期待される。

 

(みじこ)

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2006-11-23

『ミネハハ』

| 20:40

[原題] Mine-Haha

[著者名] フランク・ヴェデキント(Frank Wedekind)

[訳者名] 市川 実和子

[ページ数] 128ページ

[発行年月日] 2006.10.19

[出版社] リトルモア

[ISBN] 4-89815-186-8

[価格] 1,575円(税込)

[分類] 文芸一般

 


 舞台は19世紀末から20世紀初頭。作家の「私」の住む集合住宅で、住民の1人が投身自殺を遂げた。死んだのは84歳の元教師ヘレーネ・エンゲルで、彼女は生前、ある手記を「私」に託していた。

 その手記は幻想的で視覚的な文体で書かれている。木々の緑、日の光、輝く青空。そういった断片から始まり、やがて手記は異様な雰囲気を帯びてくる。手記の「わたし」はものごころつく頃にはもう、子供だけが住む不可思議な家にいたという。7歳になると裸で棺に入れられ、「庭園」に送られる。そこには30ほどの家があり、7歳から14歳までの少女たちが100人ほど、縦割りのグループを作ってそれぞれの家に住んでいた。少女たちはみな揃いの白いワンピースを着、毎日踊りと音楽を習い、美しくあることだけを要求されて生活していた。彼女たちはなぜそんな生活をしているのか。14歳を過ぎるとどうなるのか。そして、この手記を書いたヘレーネはなぜ自殺したのか。

 本書は1903年、フランク・ヴェデキントによって書かれたが、この作品を原作とする映画『エコール』(2004)の日本公開に合わせ、戸田史子の訳に女優の市川実和子が演出をほどこすという形で出版された。原文と違い、ヘレーネの手記の部分はところどころ詩のように改行され、幻想的な雰囲気をいっそう強めている。

 フランク・ヴェデキント(1864~1918)は自然主義演劇が主流だった中で異彩を放っていた劇作家であり、ブレヒトやドイツ表現主義に影響を与えた。生まれはハノーファーで、執筆もドイツ語でおこなったが、父が渡米していた関係でアメリカ国籍を持つ。代表作に『地霊・パンドラの箱―ルル二部作』などがある。また、本書を原作とする映画には、『エコール』のほかにホラー映画『サスペリア』(1977)や『The Fine Art of Love: Mine Ha-Ha 』(2005 日本未公開)がある。

 

(みじこ)

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2006-08-25

『雪の色が白いのは ―グリムにはないドイツのむかし話』

| 20:36

[原題] (なし)

[編者名] シャハト・ベルント(Bernd Schacht)

[訳者名] 大古 幸子

[ページ数] 165ページ

[発行年月日] 2006.01.20

[出版社] 三修社

[ISBN] 4-384-03787-2

[価格] 1,680円(税込)

[分類] 文芸一般

 


 ドイツ発の民話といえば、なんといってもグリム童話が代表格だ。しかしグリム以外にも、民話の収集に情熱を傾けた人々がいた。それは19世紀末の北ドイツ地方の教師たちだ。主に文献に頼っていたグリム兄弟とは違い、自分たちの足で各地を回り、実際に土地の人と会って話を聞き、それを方言のまま書きとめたのだ。そうした活動で親しまれ、「ポンメルンのグリム」といわれたウルリッヒ・ヤーン(1861~1900)や「メルヘン博士」と呼ばれたウイルヘルム・ヴィッセル(1843~1935)らの民話集から、グリム童話にないものを選んだのが本書である。

 人々から聞いた話を加筆・修正せず収録してあるので、残酷な場面や下品な場面、性的なこともそのまま書かれている。とにかく人も動物も簡単に殺されてしまう。「男の家事」では家事の下手な亭主が失敗してバターをだめにし、家畜を全滅させ、果ては自分の赤ん坊まで間違って殺してしまう。「おろかものの牧師」では、教会の世話係が牧師の母を殺したあげく、幽霊に見せかけるために死体にパン焼きや小麦運びのポーズをとらせ、牧師を怖がらせる。不謹慎ぶりに眉をひそめる向きもあるだろうが、このような民話を伝えていた貧しい階級の人々は、こういった話を笑いの種にして日々の過酷な労働をしのいでいたのだろう。ほかに、表題になっている「雪の色が白いのは」といった由来話や、心温まるハッピーエンドの話も多数入っている。

 編者シャハト・ベルント(1970~)は北ドイツのメクレンブルク出身。フンボルト大学でドイツ文学・言語学・日本文学の博士号を取得。その後来日し、現在は横浜市立大学講師。低地ドイツ語(北ドイツの方言)や日本の江戸文学の研究をするかたわら、日本の民話をドイツで翻訳出版している。なお、この本では日本語の名乗り方にあわせて姓を先に表記している。

 

(みじこ)

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