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独日文芸翻訳クラブ通信 RSSフィード

2005-08-14

『私はヒトラーの秘書だった』

| 16:21

[書名] 私はヒトラーの秘書だった

[原題] Bis zur letzten Stunde

[著者名] トラウデル・ユンゲ(Traudl Junge)

[訳者名] 足立ラーベ加代、高島市子

[ページ数] 349ページ

[発行年月日] 2004.01.28

[出版社] 草思社

[ISBN] 4-7942-1276-3

[価格] 2,000円(税別)

[分類] 歴史

 



 踊りを愛する少女トラウデルは、ダンサーになることを夢見ていた。そして、自分と妹を連れて離婚した母を助けるために事務員として働き始めても夢をあきらめず、1941年に念願のダンサー試験に合格する。しかし、時は第2次世界大戦のさなか。職業統制がかけられ、より国家の役に立つ職に就くことが求められていたために希望はかなわず、激しい怒りにとらわれてしまう。そんなときに総統官邸での仕事を紹介され、とにかく何か体験したいという思いから試験に臨み、採用される。それからほどなくしてヒトラー個人の秘書となったトラウデルは、彼の自決の日までつき従うことになる。

 本書は、第三帝国の中枢で働いていたトラウデル・ユンゲの手記である。22歳で秘書となった彼女は父親のようなヒトラーに魅せられ、彼やナチス幹部たちとともに過ごす毎日を無邪気に受けとめる。ドイツの敗色が日一日と濃くなり、時に不安を感じることがあっても、秘書仲間とたわいないおしゃべりに興じる。このため、前半部分は優しい上司と楽しい同僚に囲まれた幸せなOLの日記のようだ。しかし、ヒトラー暗殺未遂事件、ベルリンの地下壕への退避へと情勢は厳しさを増していく。そして、クライマックスとなる第6章はヒトラー最後の日々を緊張感あふれる筆致で描き出し、読む者を圧倒する。

 ユンゲ本人の手記はベルリンの地下壕を出て自宅に帰り着くところで終わっており、その後の足跡については巻末の解説で述べられている。ユンゲは経歴を隠したりはしなかったが、それが再出発の妨げになることはない。むしろ、周囲の誰も彼女を非難せず、「君はあんなにも若かったのだから」と理解を示してくれる。しかし、彼女は意識の深いところで自分を責めずにはいられない。その罪悪感は時とともに具体的になり、反ナチス抵抗運動で命を落としたさらに年若い女性の存在を知ったことで大きく膨れ上がっていった。解説の最後に記されたユンゲの言葉を読むとき、歴史の流れに無批判に身をゆだねてしまった悔悟の念と心の痛みが静かに迫ってくる。

 ユンゲがこの手記を書いたのは戦後間もなくのことであるが、価値のあるものとは思わず、50年もの間放置していた。しかし、取材に訪れたジャーナリスト、メリッサ・ミュラーの熱心な勧めで2002年に出版に踏み切った。ミュラーによる解説を付したこの本はたちまちベストセラーとなり、同時に公開されたユンゲのインタビュー映画"Im toten Winkel:Hitlers Sekretaerin"はベルリン国際映画パノラマ部門で観客賞を受賞した。なお、2005年7月に日本公開が始まり話題を呼んだ映画『ヒトラー ~最期の12日間~』は、同名の書籍及び本書がもとになっている。

 

(春眠)

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2005-04-24

『旅行の進化論』

| 16:28

[書名] 旅行の進化論

[原題] Und Goethe war nie in Griechenland : Kleine Kulturgeschichte des Reisens

[著者名] ヴィンフリート・レシュブルク(Winfried Loeschburg)

[訳者名] 林龍代、林健生

[ページ数] 188ページ

[発行年月日] 1999.07.30

[出版社] 青弓社

[ISBN] 4-7872-2011-x

[価格] 1600円(税別)

[分類] 歴史

 



 今日、人々は世界中を渡り歩く。その目的は、仕事、観光、冒険とさまざまであり、交通手段や宿泊施設も多種多様である。本書は、これら現在に見られるあらゆる旅の形態はヨーロッパで育まれたという考え方に立って、その発展の様子を軽快な筆遣いで描いていく。また、60枚を超える挿し絵と写真は各時代の旅行道具や旅先の風景を伝え、本文を生き生きと引き立てている。

 本書には、古代ローマ人が発達させた観光旅行の様子、中世ヨーロッパで盛んに行われた巡礼旅行の実態、過熱した旅行ブームに対してブランデンブルク選帝侯がとった行動など、好奇心いっぱいに飛び回る人々の熱気を伝えるエピソードがふんだんに、かつコンパクトに盛り込まれている。旅行好きの人、ヨーロッパ史好きの人にはもちろん、雑学の種本を探している人にもお勧めしたい。

 著者レシュブルク(1932- )は、ライプツィヒ大学でドイツ語学、歴史、新聞学を学び、建築アカデミー、国立図書館などに勤務。1977年、文化史に関する論文などを多数公表した業績に対し、ゲーテ賞が授与された。邦訳された著作に『ヨーロッパの歴史的図書館』がある。

 

(春眠)

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2004-10-16

『江戸・東京の中のドイツ』

| 16:19

[書名] 江戸・東京の中のドイツ

[原題] Deutsche Spaziergaenge in Tokyo

[著者名] ヨーゼフ・クライナー(Josef Kreiner)

[訳者名] 安藤勉

[ページ数]236ページ

[発行年月日] 2003.12.10

[出版社] 講談社学術文庫

[ISBN] 4-06-159629-2

[価格] 900円(税別)

[分類] 歴史


 


 幕藩体制から近代国家へと変貌を遂げる激動の日本に、自国の利益を求めて、あるいは日本側から請われて渡ってきた数多くの外国人たち。その中から、主に江戸・東京を舞台に活躍したドイツ人を選び出し、紹介したのが本書である。なお、ここでいう「ドイツ人」には、1684年に神聖ローマ帝国から独立したオランダや、スペイン・ハプスブルク家を介して日本と親密な関係にあったオーストリアの人々も含まれている。

 本書は14章から成り、東京の八重洲にその名をとどめるヤン・ヨーステン(1556?-1623)から、今日も続く沖永良部島のユリ栽培事業に力を尽くしたアルフレート・ウンガー(1865?-1938)まで、時系列的にその活躍を描写している。また、日本の地を踏むことはなかったが、日本文学を初めて西欧語に訳したと言われるアウグスト・プフィッツマイヤー(1808-1887)の驚嘆すべき生涯や、逆に日本人がドイツのために尽力した例として、星製薬創立者の星一(1873-1951)の活動も詳細に語られており、日独交流史の入門書として好適だろう。本文はわずか200ページ程度だが、その分量からは考えられないほどの情報が詰まった一冊である。

 著者ヨーゼフ・クライナー(1940- )は、ウィーン生まれの民族学者。ウィーン大学教授及び同大学日本文化研究所長を経て、ボン大学教授、同大学日本文化研究所長。1988年、ドイツ連邦政府設立のドイツ・日本研究所(DIJ)初代所長に就任した。本書は、この所長時代の8年間に、仕事の合間を縫って実際に歩いて取材した成果をまとめたもの。『南西諸島の神観念』『ケンペルのみた日本』など、日本語による著編書も数点発表しており、世界でも最も優れた日本研究者の一人である。

 

(春眠)

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